着物の美しさと着心地を決めるもの
着物着付け教室 麗和塾 内村圭です。
着物のサイズを考えるとき、皆さまはどの部分を一番大切にされていますか?
着物には「身丈」「裄」「身幅」「袖丈」など、いくつもの寸法があります。その中でも、私が特に大切だと感じているのが「裄」です。
「裄」と聞くと、少し専門的で難しく感じるかもしれません。
けれども、実際に着物を着てみると、裄が自分の身体に合っているかどうかは、着心地だけでなく、着姿の美しさにも大きく関わってきます。
そもそも「裄」とは、着物を着たときに、首の付け根付近から肩を通り、腕の先までの長さを表す寸法です。
普段、私は裄を測る場所について、「首の後ろのグリグリから、手首のグリグリまでですよ」と、できるだけ分かりやすくお伝えすることがあります。
「グリグリ」という表現は、とても感覚的で分かりやすいですよね。
ところが、実はこの「グリグリ」にも、ちゃんとした名前があります。
首の後ろにある骨の出っ張りは、医学的には**「第7頸椎棘突起(だいななけいついきょくとっき)」**と呼ばれます。
そして、手首の小指側にある骨の出っ張りは、**「尺骨茎状突起(しゃっこつけいじょうとっき)」**です。
いつも何気なく「グリグリ」と呼んでいる場所にも、きちんとした名称があるのです。
もちろん、普段の会話で「第7頸椎棘突起から尺骨茎状突起まで測ります」と言うより、「首の後ろのグリグリから手首のグリグリまで」とお伝えしたほうが親しみやすいかもしれません。
けれども、専門的な名称を知っておくと、どこを基準に採寸しているのかが、より具体的にイメージできるのではないでしょうか。
着物の寸法は、数字だけを合わせればよいというものではありません。
その人の身体を実際に見て、肩の傾き、腕の長さ、体型などを考えながら寸法を決めていくことが大切です。
ここに、着物の奥深さがあります。

そして、着物のサイズについて、もうひとつ知っておいていただきたいことがあります。
それは、**「身幅は多少大きくても、小さくても、着方によって着ることができる」**ということです。
もちろん、あまりにも寸法が合わない場合には、お直しが必要になることもあります。
しかし、洋服のように身体のラインに合わせて立体的に仕立てられた衣服とは違い、着物は一枚の布を身体に沿わせ、折りたたみ、紐や帯で形を整えて着用します。
そのため、多少の寸法差であれば、着付けの工夫によって調整することができます。
この自由度こそ、着物の大きな魅力のひとつです。
着物が「風呂敷」に例えられることがあります。
風呂敷は、一枚の布でありながら、包むものの大きさや形に合わせて自在に姿を変えることができます。
着物も、それに似ています。
身体に布を沿わせながら、着る人に合わせて形を整えていく。
少し大きめの着物であっても、着付け方を工夫することで着ることができますし、多少小さめの場合でも、条件が合えば着ることができます。
だからこそ、昔から受け継がれてきた着物を、現代の私たちが楽しむこともできるのです。
お母さまやおばあさまから譲り受けた着物。
昔購入したお気に入りの着物。
タンスの中に大切にしまわれている着物。
「サイズが少し違うから、もう着られないかもしれない」
そう思ってしまう前に、一度ご相談いただきたいと思います。
寸法を確認してみると、実は十分に着られる場合もあります。
そして、着物のお直しでご相談が多いもののひとつが、「裄直し」です。
裄は、着姿を見たときにも目につきやすい部分です。
裄が短すぎると、袖口から腕が出過ぎてしまい、着物が小さく見えることがあります。
反対に、長すぎると袖口の収まりが悪くなったり、全体のバランスが変わったりすることがあります。
そのため、自分の身体に合った裄寸法に整えることで、着姿がすっきりと美しく見えることにつながります。
そして何より、身体に合った着物は、着ていて楽です。
肩や腕まわりに無理がなく、自然に身体に沿ってくれる。
着物を着たときに「なんだか落ち着く」「動きやすい」と感じられる。
これは、着物を長く楽しむうえで、とても大切なことだと思います。
「着物は苦しいもの」
「着物は動きにくいもの」
そんなイメージを持っている方もいらっしゃいますが、実は寸法や着付け、補整、着方などが自分に合っているかどうかで、着心地は大きく変わります。
着物そのものが悪いのではなく、自分の身体に合っていない寸法や着付けが、負担の原因になっていることもあるのです。
だからこそ、私は「身体に合わせて着物を仕立てる」ということを大切にしています。
私は和裁士として、着物の仕立てにも携わっています。
和裁の仕事では、単純に身体の各部分を測って数字を出すだけではありません。
その方の体型を見ながら、どのような寸法なら着物が美しく身体に沿うのか、どのように仕立てれば着やすいのかを考えて採寸していきます。
人の身体は、一人ひとり違います。
身長が同じでも、肩幅や腕の長さ、肩の傾きなどはそれぞれ異なります。
だから、「身長が同じだから同じ寸法」というわけではありません。
その人の身体の特徴を活かし、その人らしい着姿になる寸法を考えることが大切なのです。
そして、身体に合った着物は、着る人自身の気持ちにも良い影響を与えてくれます。
鏡に映った着姿がきれいだと、自然と背筋が伸びます。
動きやすく、着心地が良ければ、もっと着物を着たくなります。
「今日はこの着物を着て出掛けよう」
そんな気持ちが生まれれば、着物は特別な日のものではなく、日常の楽しみへと変わっていきます。
着物は、寸法を知れば知るほど面白くなります。
「裄って、こんなところから測るんだ」
「私の身体には、このくらいの寸法が合うんだ」
そんな小さな知識が、着物をより身近なものにしてくれます。
そして、着物を選ぶときにも、「好き」という気持ちだけではなく、「自分の身体に合うか」「今の自分が活かせるか」という視点を持てるようになります。
着物を美しく着こなすために、高価な着物が必要なわけではありません。
流行の着物をたくさん持つ必要もありません。
まずは、自分の身体を知ること。
そして、自分に合った寸法を知ること。
そこから、着物との付き合い方が変わっていきます。
「自分の身体にぴったり添う着物は、着るのも楽で、着姿も美しい。」
これは、着物を長く楽しんできたからこそ実感できることでもあります。
タンスの中に、サイズが合わないと思って眠らせている着物がありませんか?
「昔の着物だからもう着られない」と諦めていませんか?
もしかすると、少し裄を直すだけで、今のあなたにぴったりの一枚になるかもしれません。
着物は、一枚の布だからこそ、身体に合わせて寄り添わせることができます。
そして、その「寄り添う」という性質こそ、着物の大きな魅力なのだと思います。
身体に合った寸法。
無理のない着付け。
自分らしい着姿。
この三つが揃うと、着物はもっと楽しく、もっと身近なものになります。
「着物は難しい」と思う前に、まずは自分の身体と着物の寸法を知ってみる。
特に「裄」という寸法に少し意識を向けてみる。
そこから、着物の新しい魅力が見えてくるかもしれません。
美しい着姿は、着付けの技術だけで生まれるものではありません。
自分の身体に寄り添った寸法があってこそ、その人らしい美しさが自然に引き出される。
和裁士として、そして着物を楽しむ一人として、私はそんな着物の魅力を、これからもお伝えしていきたいと思っています。

