受け継がれる着物が紡ぐご縁

着物着付け教室福岡  麗和塾  内村圭です。

着物というものは、反物のまま大切にしまい込まれているだけでは、その魅力も価値も活かされることはありません。タンスの中で静かに眠っている着物も、誰かが袖を通すことで初めて息を吹き返し、その本領を存分に発揮してくれます。着物は「着てこそ生きる衣」。その言葉の意味を、私は着物に携わる仕事を続ける中で幾度となく実感してきました。

これまで、私は多くのお客さまから仕立てのご依頼をいただき、さまざまな人生の節目に寄り添う着物を誂えてきました。その中には、中洲でお店を営むママたちとの深いご縁もありました。華やかな夜の世界で、お客さまを迎える特別な一着としての着物。その役割の重みを知るママたちは、着物一枚一枚をとても大切にされており、私の仕立てた着物を長く愛用してくださいました。

長い年月をともに歩んできたそのママたちですが、時代の変化と環境の影響により、お一人、またお一人とお店を閉じられ、やがて最後のお一人もコロナ禍の中で閉店を余儀なくされました。大切なお店の灯が消えてしまったことは、とても寂しく、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになりました。

そんなある日、その最後のママから「役目を終えたから、あなたに譲りたい着物があるの」と手渡されたのが、二枚の着物でした。そしてたとう紙を開いてみると──なんと、その二枚は以前、私が仕立てた着物だったのです。思わず声をあげるほど驚き、そして胸が熱くなりました。

まるで、お嫁に出した娘が年月を経て里帰りしてきたような、そんな不思議な感覚。「この着物を必要とする人のもとへ戻ってきてくれたんだ」と思うと、懐かしさと嬉しさが込み上げてきました。しかも偶然にも、ママと私はほとんど体型が同じだったため、寸法はぴったり。手を通してみると、身体にすっと馴染み、まさに“帰ってきた”という言葉がぴったりの心地よさでした。

その二枚は、附下げと小紋。それぞれ柄合わせをしたときの光景がふと蘇り、私自身、その作業をしていた頃の思い出が鮮明によみがえりました。あの頃は、仕立てながら「ママの笑顔に似合う柄の出方にしたい」と一針一針心を込めていたものです。長い時間を経ても、その着物を再びこの手にできた偶然に、深い縁を感じずにはいられませんでした。

ママからのバトンタッチを受けたこの二枚は、今では私の着物生活を明るく彩ってくれています。新しい持ち主になったからといって、その着物の物語が終わるわけではありません。むしろ、ひとつの役割を終えた着物が次の役目を果たすために、再び歩み始めるのです。

袖を通すたびに、その着物が過ごしてきた時間が思い浮かびます。中洲の華やかな空間で、お店を支え、お客さまの心を温め、時には励ましとなり、ママ自身の人生とも寄り添ってきたであろうその姿。着物が見てきた景色、人との出会い、そして笑顔や会話──そんな数々の記憶が、生地の中に静かに息づいているように感じるのです。

そして、私がその着物を身につけるたびに、きっとママのことを思い出すことでしょう。「あのとき、こんな話をしたな」「いつも明るく優しい方だったな」と、ふと温かな気持ちに包まれるのです。着物がつないでくれるご縁は、本当に不思議で、そして尊いものだと改めて思います。

着物には、ただ着るだけではない深い力があります。人の思いを受け取り、時代を超えて受け継がれ、その人の人生の一部をそっと支え続ける力です。新品では手に入らない、その着物だけが持つ物語。そして新しい持ち主によって、さらに新しい章が書き加えられていく──そんな豊かな文化が、私たちのすぐそばに息づいています。

中洲のママから譲り受けた二枚の着物は、私の元で再び輝きを放っています。これからも大切に袖を通し、その着物が紡いできた時間を感じながら、新しい物語を歩ませていきたいと思います。

着物の恩恵とは、こうして人の心と縁を結んでくれるところにもあるのでしょう。大切に着続けることで、着物はまた次の美しさを見せてくれます。これからも、この二枚の着物を、そしてご縁を大切に、私の着物生活の中で活かしていきたいと心から感じています。